二階の沈黙(角川書店)

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あなた・・・・。一人息子・・・・。三人の生活を、何とかして取り戻さなくては。そのためには---他に方法はない。覚悟を決めていた。奥さんは台所へ行って、肉切り包丁を取り出した、先が尖って、切れ味も鋭い。充分だろう。念のため、少し刃先を研いだ。それを右手に持って、ゆっくりと階段の下へ行き、二階を見上げる。---一度でやらなくては、と決心していた。二度、三度するとなったら、ためらってしまうだろう。たった一度、心臓を貫けば、それで終わりだ。奥さんは二階へと、ゆっくり階段を上がって行った。階段の少しきしむ音が、男を起こしてしまわないかと気になった。しかし、そんな音で、人間は目を覚ますものではないらしい。二階へ上がって、男のいる部屋の様子をうかがったが、何の物音もしない。念のために、包丁を背中に隠して、そっとドアを開ける・・・・。畳の部屋に、男は寝っ転がっていた。大丈夫。---ぐっすり寝てるわ、と思った。この男が・・・・と奥さんは男を見下ろした。この男が、私たちの家を壊してしまったんだわ。---分かっていた。たとえどんな事情があっても、男を殺せば、奥さんはただではすまない。刑務所へ送られることになるだろうが、しかし、それしか方法がない。夫の気持ちを取り戻すには。夫が、再び奥さんを信じてくれるようにするには。息子のことは---何とかなるだろう。総てをてんびんにかけても、こうして夫の信頼を取り戻さなければ、もうこの家はおしまいなのだ。夫さへ戻ってきてくれれば、何年かはむだになるとしても、またやり直せる。刑務所に入るとときなったら、あんなことをしなければ良かったと思い返すかもしれないが、しかしそれは今、知りようもないことだ・・・・。奥さんは、包丁をしっかりと両手で握ると、男の心臓あたりを狙って、高く振り上げた。「---ママ」玄関で、息子の声がした。ハッとした。男が起きてしまったら・・・・。「ママ!」息子が大声で叫ぶ。早くしなきゃ。---早く一撃でこの悪魔を仕止めなくては・・・・。もう一度、奥さんは包丁を振り上げた。「---ママ!」息子は玄関で叫んでいた。「いると思うけど」「分かったよ」夫は、息子の頭を軽く叩いて、「さ、パパはママとお話がある。一人で遊んどいて」「うん!」外へ駆け出しながら、息子はどうして今日はこうパパもママも話が分かるんだろう、と首をかしげていた。・・・・奥さんが、ここまで追い詰められたとは、一体何があったのでしょうか?そして、悪魔と言われた、この男は?・・・・そしてこの結末は如何に??

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