幽霊湖畔(文藝春秋)

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◆幽霊湖畔
「気になることがあるのよね」また始まったな、と私は苦笑した。永井夕子は、ちょっと口を尖らして、「何かおかしい?」「いや、君の口癖が出たな、と思ったのさ。それだけだよ」「私の癖?だって、いつも私が気になっていることは、何かあるのよ。現実の方こそ、悪い癖があるんだわ。名探偵に休暇をやらない、というね」・・・今回も、宇野刑事と夕子が、湖畔のホテルに来ていたのだが、お約束通り、原田刑事が現れたのだ。・・・・「宝石商を襲って、殺した挙句に、二億円相当の宝石を盗んだ一味です」「そうか」思い出した。確かあれは---。「もう五、六年前の事件じゃなかったかな」「そうです。まだ宇野さんも若かった」「余計なお世話だ」「で、その犯人がどうしたの?」夕子は身を乗り出すようにして訊いた。「そいつの住んでいたアパートを調べたら、地図が出て来たんですよ。古いもんで、大分ヨレヨレでした。ちょうど宇野さんの---いや、つまり---」「先を話せ!」「はあ、その地図に印がつけてあったんです」「つまり---確か、あの宝石は見つかっていなかったな。犯人も誰も捕まっていない」「それじゃ、宝石の隠し場所ってわけ?」夕子は、もうすっかり浮き浮きしている。「私、宝石って大好きよ」「盗まれたのは、特に好きなんだろう」と、私はからかった。「それで、その地図ってのは?」「ここの地図なんです」夕子はもう、今にもその場所へ向かって駆け出しそうな気配である。「ど、どの辺なの、印があったのは?」「湖の真中です」と、原田刑事が答えた。「・・・・・・真中?」「そうなんです」「じゃ、沈めた、ってわけ?」「そうじゃないんですよ」原田刑事は、手帳に挟んであった紙を広げた。「これがその地図のコピーなんです」覗き込んでみると、×印がついているのは、山と山の間、少し深い谷の底、というように見える。「これ、湖じゃないじゃないの」と、夕子は言って、「---ちょっと待ってよ。そうか!思い出したわ」パチン、と指を鳴らした。「この湖、三年ぐらい前につくられた人造湖なのよね。つまり、その谷が、湖の底になっちゃったんだ」「そういうことです」原田刑事がニッコリと笑って(少々気味が悪いが)、「さすが夕子さん」「おい、原田、お前がここに来たのは、もしかして---」「その、『もしかして』です」原田刑事は、嬉しそうに言った。「課長の命令で、宇野さんにも手伝わせろって。女の子相手に、どうせデレデレしとるんだから、少々働かせた方がいい、とおっしゃってましたよ」私はため息をついた。---俺の休暇は、いつも命がけなんだから!・・・でも、『もしかして』って、何だ?もしかするの??なんなんですかね???
『シリーズ登場人物』

◆着せかえ人形の歌
「---半田かず子か」と、夕子がTVの方へ目をやって、言った。「誰だって?」私は面食らって、言った。「半田かず子。---今、TVで歌っている子よ」私は、TVの画面に出ている、ポッチャリした顔の女の子を眺めた。「有名なのかい?」と、私が訊くと、夕子は、ちょっと冷やかすように、「知らないの?捜査一課の警部さんは、こういうこともよく勉強しとかなきゃいけないのよ」と、ラーメンの方へとりかかった。「今のアイドルタレントってのは、みんなそっくりなんだから。見分けがつかないよ」と、私はため息をついた。・・・そうそう、むかしよく聞いて、そんなことないだろうって思っていたのですが、最近なっとく。TVに出ているアイドルタレントは、みんな同じに見えます。特に最近は、みんな、大勢のグループで、学芸会をやっているだけですよね。・・・・「私、あの子の家庭教師をやってたの」と、夕子が言った。「---誰の?」「あの子」と、夕子はTVの方を指して言った。・・・・「スカウトされたのかい?」「そんなところね。---家は遠かったけど、真面目な、いい生徒だったから。本人も大学を受けるつもりでね。半年くらい通ったのかな、週二回」「それがどうして---」「女の子だもの、スターにしてあげる、なんて誘いには弱いわよ。---今でも憶えている。いつもの時間に彼女の家に行ったら、家の中がいやに重苦しくてね。あの子はワンワン泣いているし、父親は顔を真っ赤にして、娘をにらみつけてる。母親と、男の子---弟がいるんだけど---その二人は、ただ困ったように見ているだけで・・・・」「じゃ、その子が歌手になりたい、と言い出して?」「そう、学校をサボって、こっそり、声をかけてくれたプロダクションに行っちゃったらしいのね・・・・」「その三日後に、その子から電話があって、歌手としてデビューすることになると思うので、大学の方は諦めますって・・・・」「なるほど」・・・・。ピーッ、ピーッ。無情なポケベルの音が、二人を引き裂いたのである。「何だ畜生!待っててくれ。間違いかもしれない」「面白い事件なら、結構よ」「こっちが困るよ」・・・・「---もしもし、宇野だ。---ああ。---ここにいるけど、どうして?」私は夕子の顔を見た。「---誰だって?---分かった」私は受話器を置いた。夕子が不思議そうに、「私にご用?逮捕状が出たとか?」「いや、そうじゃない。TV局へ来てほしいと伝言だ」「TV局?私、出ることになっていたかしら?」「そうじゃないよ。---半田かず子からの伝言だ」と、私は言った。・・・・「先生、私---」「何とかして防ぎたいんです。殺人が起こるのを」・・・きたーー!やっぱりね、こうなるんですよね。さて、どうなるんでしょうか?

◆危ない再会
「夕子!---夕子じゃない」弾んだ女性の声が飛んで来て、夕子が足を止めたので、彼女と腕を組んでいた私は、前のめりにずっこけそうになった。「ええ?早苗なの?」夕子は、私のことなど放ったらかして、久しぶりに会ったらしいその友だちと、大声でキャアキャアやっている。まあ、私のような四十男が、にぎやかな地下街の真中で一緒になってはしゃぐわけにもいかないので、ただポカンと眺めているばかりだった。女子大生の夕子と、同年輩の女性---この二人の、感動の再開となると、かなり音量も周波数も高くなるのは止むを得ないこところだ。騒音防止条例に引っかかるとしても、これを取り締まるのは、私の仕事でない。私の仕事はあくまでも殺人---警視庁捜査一課に所属する警部なのだから。・・・騒音防止条例?そんなのがあるんだ、レストランで、大きい声でぐちゃぐちゃ話すおばさんたち、スーパーで、突然大声で叫ぶおじさんなど、何時も迷惑しています。騒音防止条例が今でもあるのか、調べてみよう?・・・・「じゃあ今はOLなの?」と、夕子が訊く。「ぐっと大人っぽくなっちゃって!差をつけたわね」「安月給で、やりくりは大変よ。---こちら、夕子の・・・・」と、その女性は私の方を見て、言い淀んだ。「宇野さんっていうの。警視庁の警部なのよ、こう見えても」一体どう見えるんだ?夕子の説明は、いつもどこか引っかかるのである。「へえ!警部さん。でも、こんなに優しそうなの、警部さんって」私は、すっかりこの女性が気に入った!・・・・「早苗---今は何の仕事?」夕子は、話が少ししめっぽくなりそうなので、急いで切り換えた。「ホテルに勤めているの。叔父がホテルの偉い人を知ってて」「へえ、どんなことしてるの?」「受付とか、エレベーターガール。足は疲れるけど、でも結構やってみると面白いわ」・・・出たー、エレベーターガール。エレベーターの中で、エレベーターガールと二人っきりになると、ドキドキしましたよね?今は、一部を除いて、止めちゃったみたいですね。・・・・「どのホテル?入る時には気を付けるから」と、夕子が言ったので、早苗は楽しげに笑った。・・・・「---ホテルの殺しか」私は、そのホテルの従業員用の出入り口から、入りながら言った。一緒にいるのは、この従業員用の出入り口には少し窮屈な感じの大男、原田刑事である。「殺されたのは女。---ま、よくある男女関係のもつれ、ってやつでしょうね」と、原田が言った。「さあな、何も調べない内から、そう思い込むのもよくないぞ」・・・。そうです、夕子の友だちが、勤務するホテルで、殺人事件が発生したのだ。さて、どんな絡みがあるのでしょうか?

◆吸血鬼を眠らせないで
「この匂いは?」と、夕子は、家の玄関を入ると、顔をしかめた。「おい」と、私はつついたが、しかし、確かに匂うのである。「あの子の部屋からなのよ」と、奥さんが言った。「---ごめんなさい、父は今、出かけているみたい」「お構いなく」と、夕子が言った。「広いですね!」私は大学時代、クラブの用事で、ここに一度来たことがある、そのころと少しも変わっていない。もちろん、木造の家屋は、年月をへて古びていて、少し暗いように感じられるが、それは今、明るいところで生活しているせいだろう。「こんな広い所に、父と私と息子の三人---寂しいより怖いわよ」「じゃ、息子さんの部屋を」と、夕子が言った。「そうね。じゃ、その後にゆっくりお茶でも」二階へ上がって行くと、その匂いはますますひどくなって来た。「---何の匂いだろう?」と、私が呟くと、夕子が呆れたように、「決まっているじゃないの。吸血鬼につきものなのは?」「---ニンニクか」そう。ニンニクの匂いだった!「入っていい」?と、奥さんがドアをノックする。「待って」と、中から声がした。少ししてドアが開く。「あのね、お客様が---」と、奥さんが言いかける。「お客様?」と、ドアを細く開けたまま。「そう、古いお友だちなの。ちょっとご挨拶しなさい」「うん、じゃ、ちょっと待って」と、またドアを閉めてしまう。「すみません、こんな調子で」と、奥さんがため息をついた。ややあって、ドアがまた開いた。「どうぞ」と、言われて、私と夕子は部屋へ入った。とたんに---ザバッ!夕子と私は頭上から降り注ぐ水で、びしょ濡れになっていたのだった・・・・。「---うん大丈夫」と、その少年は肯いた。「その水、教会から取ってきた聖水なんだ。吸血鬼なら、大火傷するはずだからね」・・・・。びしょ濡れになりながら、眺め回した少年の部屋の中ときたら・・・・。天井からまるで装飾のようにぶら下げられた、おびただしいニンニク。そして、窓は閉めたきり、黒いカーテンを引いてあって、部屋の中に十字架がズラッと並んでいる。それから、鏡も。「吸血鬼は鏡に映らないのよ」という夕子の説明を聞いて、やっと私も理由が分かった。・・・えーそうなの?吸血鬼って、鏡に映らないんだ?エリカたち、どうしているのかな?・・・・「いくらマニアでも、本物の木の杭を護身用に持っているなんて、それも先を鋭く尖らしてだぜ」「吸血鬼を倒すのはそれしかないんだもの」と、夕子が楽しそうに言った。・・・・そして、あるマンションで、女性が殺害された。女性の胸の辺りに、真直ぐに太い杭が打ち込まれていたのだ。やばー?これには、複雑な人間関係が、絡んでいるんですよね?

◆狼が来た夜
「---畜生!」私がそう言うと、永井裕子は、「今夜、もう十七回目よ、『畜生』って言うの。二十回言ったら、帰るわよ、私」と、宣言した。「しかし、頭に来るんじゃないか。あんな思いをして踏み込んだのに・・・・」「胃に悪いわよ」お好み焼きを食べるという、私と夕子の至って庶民的なデートも、何といっても時期が悪かった。夕子は、ペロリとお好み焼きを平らげると、「私、もう一枚食べよっと。---すみません、イカと牛肉でもう一枚!」女子大生の食欲と、四十男の食欲では、とてもかないっこないのである。「その人もびっくりしたでしょうね」と、夕子は熱いお茶をフウフウ言いながらすすって、「いきなり寝室に刑事が拳銃構えて飛び込んできたら」「そうさ。しかも---」と、言いかけて、ためらう。「しかも?何なの?」「いや・・・・。つまり、新婚夫婦だったんだ。ハネムーンから帰ったばかりの。だから、その---」「じゃ、愛し合ってる最中だったんだ」「まあね」「可哀そうに」「こっちにも同情してくれよ。奥さんの方はキャアキャア泣きわめくし、訴えてやると言われて・・・・。畜生!」「十八回」と、夕子は言った。「どうして、そんな間違いをやったの?」「通報があったのさ。その凶悪犯とそっくりの男が越して来た、ってね。女とも一緒で、その年格好もよく似てたんだ」・・・。「---ね、大丈夫でしょ?」クルリと場面は変わって、二人して久しぶりに入ったホテルの一室。「うん、ちょうどいい・・・・」私は、夕子のほっそりとした体を抱き寄せた。「どの辺が?」「どこもかも・・・・」二人して抱き合ったままベットへ---ドサッと倒れた拍子に、ベットの端に頭を打ってゴン、と音がした。目の前を星が躍ったが、そこは何とかこらえて、「---痛くなかった?」と訊く夕子へ、「平気平気」と、笑って見せる。「待って、夜は長いわ。シャワー浴びましょうよ」夕子がベットから出ると、ドアをノックする音がした。「---何か注文した?」「いいや」夕子はドアの方に行って、「何ですか?」と、声をかけた。「お花が届いております」と、ドア越しに返事がある。「お花ですってよ」私が肩をすくめると、夕子はドアを開けた。とたんに---。ドアがパッと大きく開いて、夕子はひっくり返ってしまった。「警察だ!動くな!」と、飛び込んで来たのは---。「原田!」「あれ?」原田刑事が目を丸くして、「宇野さん、一足先に?」「何しに来たんだ?」「いえ---ここに凶悪犯が潜んでいる、と通報があったもんですから」・・・・私は、たとえ何回でも構わずに、「畜生!」と、言わざるを得なかった・・・・。なるほど?『狼が来た』ね?でも最後に、本当に狼が来ちゃうんですよね?どうなるんでしょうかね?

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