紙細工の花嫁(角川書店)

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◆紙細工の花嫁
「あら」と、思わず声を上げたのは、神田聡子である。聡子は、同じ女子大生で親友の塚川亜由美の家へ行くところだった。あと数分というところまで来て、見知った顔を見かけたのである。「殿永さん!」と、聡子は、コロコロ太った割には足の早い、その刑事に声をかけた。殿永は、振り向いて、「や、これはどうも」と、会釈したが、いつもの愛想のいい笑顔は見せなかった。「亜由美のところへ?」「そうです」と答えるのも惜しい感じで、殿永は歩き出した。聡子も、あわてて一緒に歩き始める。「でも---ねえ、殿永さん、どうしてそんなに急いでいるんです?」「一刻を争うかもしれないんですよ」「一刻を?亜由美が、また何かやらかしたんですか」当の亜由美が聞いたら怒るだろう。塚川亜由美は、決して殺し屋でもギャングでも大泥棒でもない。むしろ、何か事件にぶつかると、危険を承知で首を突っ込み、解決の手助けはするものの、下手すれば命も落としかねないこと、しばしばで、仲のいい、この刑事を嘆かせているのである。「神田さんは、何も聞いていないんですか」と、殿永が言った。「ええ。ただ、昨日さぼった講義のノートを見せてもらおうと思って」「きっと、塚川さんは、それどころじゃないと思いますね」「どうしてですか?」殿永は、亜由美の家が見えてくると、やっと少し安心した様子で、足取りをゆるめた。「実は、さっき亜由美さんから電話がありまして」と、殿永は言った。「亜由美さんを殺すという予告の手紙が届いた、というんですよ」「ええ?」聡子も仰天した。「亜由美ったら!なにをやらかしたのかしら?」・・・きたーーーー!一体何をしたんだ!!やばーーーー!!!・・・「いや、私も悪かったのです」と、殿永は反省している。「ついつい、あの人に、好きなようにさせてしまう。おかげで、いくつかの事件が解決したのは確かですが、犯人たちに恨まれているのも間違いない」「それはそうでしょうね」と、聡子は肯いた。「じゃ、その中の誰かが亜由美を---」「手遅れでなければいいんですがね」殿永がチャイムを鳴らすと、「はあい」と、至って元気のいい、「被害者」当人の声が聞こえて来た。「無事みたい」と、聡子は言った。そう、大体、亜由美みたいなタイプは、めったなことじゃ、死にゃしないのである。「---あら、聡子も一緒?」と、ドアを開けた亜由美は、「さてはデートの最中だったのかな、二人で?ハハハ」明るい笑いは、とても「命を狙われている人間」のものとは思えなかった。「いいですか」と、殿永はため息ついて、「チャイムが鳴って、そんなにすぐパッと開けちゃいけません。もし、ここに立っているのが、私たちでなく、殺し屋だったら、どうするんですか?」「まあまあ」と、亜由美は・・・・一体どうなっちゃってるの?悪い冗談??

◆めざめた花嫁
「ねえ、読んだ?」「ワン」「お前に訊いているじゃないでしょ!」と、塚川亜由美は、ダックスフンドのドン・ファンに言った。しかし、ドン・ファンの方は納得せず、「ワン」と、もう一声、抗議したのだった。「言ってもむだよ」と、亜由美と同じ大学に通う親友の神田聡子が、笑いながら言った。「その犬、自分のことを、犬だなんて思ってやしないんだから」まあ、ドン・ファンの方にも言い分はあったかもしれない。塚川家の二階、亜由美の部屋で、引っくり返って寝そべっている二人と一匹。---どれが人で、どれが犬やら、少なくとも、その態度からは、判断がつけにくいのだから。もちろん、いつもいつも、この二人が、暇を持て余しているわけではない。ただ---まあ、他の子がデートにいそいそと出かけている時に、決まった彼氏とていないこの二人が、時間を持て余していることは、どうしても否定できなかった・・・・。「何のこと、亜由美?」「この記事!---ウェディングドレスをまとった白骨ってやつよ」「ああ、知っている!亜由美が喜びそうだなあと思ったの」「何で私が?」「だって、そういう話、好きでしょ?」「嫌いとは言わない」「ほら見なさい」「だけど・・・・。十五年も前じゃ、人殺しとしても、もう時効だね」いつも殺人事件に首を突っ込んだりしているので、ついそういう点に頭が行く。「でも、歯医者の鑑定でも、はっきりしなかったって。この人、虫歯がなかったのかしら」「かなわないね、そういうのって」と、聡子が言った。「何が?」「だって、週刊誌とか読んでいると、『誰からも好かれた、すばらしい人』で、『理想に燃えた教師』で、『清楚な美人』でしょ。加えて、虫歯の一つもないなんて!人間じゃないよ」亜由美も、なるほどと思った。世の中には、本当に、善意と努力の人、という人間がいないではない。しかし、そういう人とは、付合っていても、息苦しくなるのは事実だろう。それに、いずれにしても、この白骨が、女教師のものであるのは、間違いないらしいから、彼女が、殺されて壁の中に塗り込められたのだとすれば、誰か一人は、彼女を憎んでいた人間がいることになる。「でも、今さら、十五年前の出来事、ほじくり返されたら、困る人もいるだろうね」と、聡子が言った。「そうねえ。もうそんな関係者は、めいめいの人生を歩んでいるわけだし・・・・」十五年前といえば、亜由美など、まだ小学校にも上っていない。遠い昔のこと(?)である。「でも、まあ、当分は週刊誌とかが、騒ぐでしょうね」と、亜由美は言って、アーアと伸びをした。・・・さーーーて、週刊誌などで騒いでいるこの事件、亜由美たちは、どのように絡んでいくのでしょうかね?

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