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◆吸血鬼は泉のごとく
「ああ、よしよし」と、吸血鬼は言った。---もちろんこれは誤植などでない。おなじみ、正統吸血族の名門(?)フォン・クロロックが後妻涼子との間に生まれた一子、虎ノ介を抱っこしている図である。この光景も、だいぶ読者におなじみになってきたと思われるが、今のところ、作者あてに吸血鬼から抗議もないので、安心してお見せすることにしよう。「お母さん、どこ行ったの?」と、エリカは虎ちゃん用の離乳食をあたためながら言った。もっとも、やはり吸血鬼の血を引いているせいか、虎ノ介、歯のほうはしっかり発達していて、面白半分によくクロロックのトレードマークたるマントの裾をかじっているくらいだから、何を食べさせたっていいようなものだが、そこは涼子も若い母親(エリカよりひとつ年下なのだ!)育児書の通りにしないと、赤ん坊は成長しないと信じている節がある。「何だか、踊りに行っとる」と、クロロックが言った。「踊りに?ディスコとか---」「何だか知らん。ロックとか何かは分からんからな。私にはワルツが一番だ」「古いのねえ」「しかも、あんな水着を着て踊るなんて、どういうつもりか・・・・」と、クロロックは嘆いている。「水着?---もしかしてレオタードのこと?」「何というのか、よく知らんが、昔の水着の方が、スカートもついていて、優雅だったぞ」「じゃ、エアロビクスとか、そんなのに行ってるのよ。美容のためじゃない。お父さんのために、いつもスマートで美しく、と心がけているのよ」「そうか!そう考えればいいのか」とたんにクロロック、コロッと変わって、「うん、さすがは可愛い女房だ!」「勝手にやってろ」・・・・。いやー、相変わらずですね、この家族・・・・。ところ変わって、「ねえ、TVでやってたの、見た?」と、顔を見るなり、大月千代子が言った。「例の〈愛の泉〉のこと?」とエリカは、訊き返す。「えーっ、どうして分かったの?」「長い付き合いだよ。それくらい見当がつくって」いくら神代エリカが、吸血鬼の血を引いていて、多少、人間離れしたところがあるとしても、人の心の中まで読めないのである。「じゃ、私の考えていることは見当がつく?」と、もうひとり、一緒にいる橋口みどりが口を挟んだ。もちろん、読者もご承知の通り(と書いて手を抜く)大月千代子、橋口みどりに神代エリカを加えた三人組は、全員N大学の二年生。高校時代からの三人組だから、それこそツーカーの間柄である。「みどりの考えていることなら、私だって見当つくわよ」と千代子が言った。「へえ、どうせ、何か食べたい、ってことだと思ってんでしょ」「そうじゃないの?」「そうよ」千代子とエリカは危うくひっくり返るところだった・・・・。いやー、こっちも相変わらずですね。ところで〈愛の泉〉って、なんだ。
『シリーズ登場人物』
◆ある吸血鬼の肖像
どうして・・・・。どうしてこんな所に来てしまったんだろう?彼女は、戸惑いながら、ぼんやりと、その黒ずんだ石の壁を見上げていた。いや---。どうして、といえば、それははっきりしている。彼女が、自由時間にこの辺りを散歩していて、この廃墟を見かけ、興味を持ってやってきたのである。しかし、いざ、その前までやってくると、彼女は奇妙な、めまいにも似た感覚に捉えられて、混乱してしまった。---どこかで、その崩れかけた城を見たことがある、という気がしたのである。よほど有名な城---たとえば、よくカレンダーとかレコードのジャケットに写真がのっている、ロマンチック街道のノイシュバンシュタイン城とか、レマン湖のシオン城とかなら、本で写真を見るということもあって、現物が目の前に見えると「あ、これが絵葉書の城だ」と思うこともあるだろう。しかし、ずっとこの研修旅行についてきているガイドさんも、この辺りに、有名な城がある、なんて言わなかった。もしバスの中で、そんな話が出ていれば、「古城」に目のない彼女は、絶対に聞き逃さなかっただろう。・・・古城ね、前にも書きましたが、私も、西洋の古城にあこがれています。美しいですよね!行ってみたいーーー・・・。城門のあった所は、ただポカンと口を開けて、誰も入る者がないので、退屈し切っているように見えた。自由時間は十五分だけだった、とういことを、彼女は思い出した。---ここまで歩いてくるのに、五分はかかっている。戻るにも五分。それじゃ、中を見ていくような時間は、とてもない。(じゃあ、戻れよ。やばいよ)いつもの彼女だったら、約束の時間に遅れたりすることを、とても嫌う性格だったのだから、ここで諦めて引き返したに違いないのだ。・・・これも一緒、私は、一度も約束の時間に遅れたことはありません。(たぶん)・・・。しかし---なぜだかわからないが、彼女は、城門をくぐってしまった。ほんの少し、覗くだけだ、と自分に言い訳しながら。城の中庭は、引きつめてある石の隙間から雑草が伸びて荒れ放題という様子。そして、奥の城館そのものは、ほとんど跡形もなく消えてしまって、残っているのは、わずかに土台と、何本かの石の柱だけだった。これじゃ、いくら古いお城の好きな彼女でも、見るものがない。---彼女は、かえって少しホッとしたのだった。もうバスに戻ろう。すぐに戻れば、時間に遅れずにすむ。(よかった、よかった、早く戻れ)引き返そうとした時、それまできれいに晴れ上がり、きびしい夏の太陽が差していたのに、急に日がかげって、薄暗くなった。・・・やばーーーー!何か起きますよね?ところで、ここはヨーロッパ、エリカたちの出番が来るんですかね??


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