【広告】スポンサーリンク |
◆桃、栗三年、鍵八年
「やっぱり戸締りってのは大切だぜ」と、今野淳一は言った。「そう?」妻の真弓が、トロンとした目で、「でも、あなたは、戸締りしてない方がたすかるんじゃないの?」「自分の家は別だ」今野淳一---職業、泥棒。「ちゃんと戸締りは見てるわよ」妻、真弓---職業、刑事。「そうかい」「ええ。その辺、しっかりしているんだから」二人はベッドに入っていた。夫婦だから、別に構やしないのである。「じゃ、どうして、見知らぬ奴が家の中にいるんだ?」「見知らぬ奴って?」「そこのドアの陰にいる奴のことさ。---おい、動くと、射殺されるぞ。入る家を間違えたな。この家の主は刑事なんだぞ」「え?うそ!」と、ドアの向うから声がして、「キャッ!」と、真弓は飛び起きた。びっくりしたのも無理はない。何せ、真弓は夫の淳一とたった今「夫婦の対話」を済ませたところで、従ってあまり服を身につけていなかったからである。「だ、誰なの!動くと撃つぞ!」真弓は、そう言いながらあわててガウンをはおり、枕もとに置いたバックから、拳銃を取り出した。「おちつけよ」淳一は笑って、「本当の泥棒なら、とっくに逃げちまっているぜ。どうやら女らしいな」と言って、自分もガウンをはおってベットから出た。「失礼ね」と、ドアの陰から顔を出したのは---。「私、本当の泥棒よ!」「子供じゃないの」「真弓が目を丸くした。「私、子供じゃないわ。もう十六よ」・・・・。「桃、栗三年、鍵八年」と、淳一は言った。「何よ、それ?『柿八年』じゃないの?」と、真弓が言った。「いや、これは俺が先輩から聞かされた言葉なんだ」「へえ、あなたにも先輩っていたの」淳一は取り合わず、「正確には『引ったくり三年、鍵八年』というんだ。---つまり、うまく人の物を引ったくれるようになるのに三年、普通の鍵を開けられるようになるのに八年かかる、って意味だ」「うまく引ったくる、って、どういうことなの?」「相手にけがをさせたりしないで、ってことさ。泥棒は何より人を傷つけないことがモットーだ」「へえ、立派ね」真弓としては珍しい皮肉だった。「それはそうと、この子はどうするの?」---そう。例の「鍵開け娘」が、淳一の所の居間のソファーで、いとも気持ちよさそうにグーグー眠っているのである。「一応、家宅侵入の現行犯だからな。捕まえるかどうか、お前が決めたらいい」「ずるいは、そんな!」と、真弓は口を尖らした。「この心のやさしい私が、どうしてこんな子供をしょっぴけると思うのよ」「じゃ、見逃してやれよ」「私は刑事なのよ!違法行為を、どうして見逃せると思うの?」---勝手にしろ、と淳一はため息をついた。・・・・しっかし、この子、何で淳一たちの家に忍び込んだんでしょうかね?まあ、色々あるんです?
『シリーズ登場人物』
◆渡るロープに犬がいた
「予定通り、忍び込むつもりだったんだ」「失敗したの?」「いや、先客がいた」淳一は、首を振った。「ロープを張って、そこを渡って行くという芸当だ。俺以外にできる奴はいないと思ってたんだ」「へえ、他にもいたの?知っている泥棒?」「いた、初めて見る顔だ」「新人ね?じゃ、あなたも頑張らないと」刑事が泥棒を励ますというのも、何だか妙な話である。いかに夫婦といっても。「いや、新人じゃない」と、淳一は言った。「新犬だ」「しんけん?」「そう、犬なんだ」淳一は、ため息をついて、「綱渡りする犬だぜ!全く、あれじゃ文句も言えねえしな」「犬が泥棒に入ったの?」「いや、そこまでは見届けなかった」「どうして?」「先客がいたら、手を引くのが、泥棒の掟だからさ」と、淳一が言った。「それで、早々と引き上げて来たってわけだ」「悪くなかったわよ」と、真弓がニッコリ笑った・・・・。こいつら、何時もだからね、べたべたべたべた。・・・・話は変わって、「拳銃です」「何だ、そんなものなら、備品係の所へ行って---」そう簡単にあるわけがない!「真弓さん、長いこと、お世話に---」「さっき聞いたわよ」「そ、そうでしたね---。じゃ、僕は早速---」「どうやるの?屋上から飛び降りる?下を通る人にぶつからないようにね。川へ身投げ?でも、今は川も汚れているから、かなり臭いわよ。電車に飛び込むと、後が大変だし、首を吊ると、顔がどうも・・・・」道田はだんだん青ざめて来たと思うと、その内ペタンと床に座り込んでしまった。真弓は覗き込んで、「どうしたの?切腹する?包丁、取って来てあげようか」と、親切に言ったのだった。「おい、そんな所に座り込んで、花見でもする気か?」と、課長の非情な声がした。「ここに花がいますから」と、真弓は正直に言った。「そうか。しかし今は花より死体だ」と、課長は言った。「早く行け!」道田を引っ張って立たせると、真弓は捜査一課を出た。「ですが、真弓さん、拳銃もなしで、殺人犯を捕まえる時、もし相手が抵抗して来たら・・・・」「大丈夫よ」と、真弓は言った。私じゃないんだから、死ぬのは、と思ったのだが、さすがにそう言うのはためらわれて、「外を歩いてりゃ、なくした拳銃が、その辺に落ちている、ってこともあるかもしれないじゃないの」「そうか!そうですね。いや、真弓さんの一言で、生きる希望が出て来ました!」道田は、急にパッと顔を輝かせた。真弓もさすがに呆れた。---これで、捜査一課は大丈夫なのかしら。・・・おいおい、真弓さん、あなたが言うか?あなたが、一番でたらめじゃないの?終わりだな?ところで、綱渡り犬の方は、どうなったかって?どうなんでしょうかね?
◆誰が月給取りを殺したか?
「エヘン」と、真弓が咳払いした。夫の今野淳一は居間のソファで雑誌を見ていたが、「---風邪かい?」と、顔を上げて訊いた。「何て冷たい夫なの」と真弓は深々とため息をつく。「『風邪か』と訊くのが、どうして冷たいんだ?」淳一は面食らって訊いた。「問題はその質問にあるんじゃなくて、その前の一瞬の間にあるのよ」「どんな問題が?」「あなたが本当に私を愛しているなら、間髪入れずに、『風邪でもひいたのか?可愛い人』って訊くはずだわ。それが、あれだけの時間が空いたっていうのは、愛情が不足しているからよ」「俺はただ---」「分かっているのよ。その空白の時間に、あなたは、『この風邪がこじれて女房が死ねば、若い娘を後妻にもらえる』って考えてたんだわ。何て冷たい人!」「勝手に想像して勝手に怒るな」「ともかく、もし、私の考えが間違ってるっていうのなら、それを証明してちょうだい」真弓が淳一の方へぐいと体を寄せて来た。・・・こいつら、いつもいつも、こんなことばかりしているんです。阿呆らしくて、読んでられないよね!って、仕方ない?・・・・十歳くらいの女の子が、可愛いワンピース姿で立っている。「あの---あなたは?」「さっき来たんだけど・・・・何だかお邪魔みたいだったから」「そ、そう・・・・。でも---あの---どうやって入ったの?」「玄関が開いていたの」「まあ!鍵がかかってなかった?」「ううん、鍵はかけてあったみたい」と、その少女は首を振って、「でもドアが開けたままになってたの」・・・・。「---お父さんが殺されそう?」真弓は、少女に訊き返した。「そうなの、助けてほしくて・・・・」少女はコックリ肯く。真弓は、ちゃんと服を着て、少女にクッキーなどを出してやっていた。玄関のドアもちゃんと閉めて、鍵もまともに(?)かけておいた。「殺させそうって・・・・。でも、それなら警察の人が助けてくれるわよ」「警察の人でしょ?」そう訊かれると、真弓としても否定できない。「そう。そうなのよ。でもね、警察の中にも色々と仕事が沢山あって・・・・」と、真弓が焦って説明し始めると、「誰も信じてくれないの」と、少女は言った。「お父さん、近くの交番にも、警察署にも、消防署にも行ったわ」「へえ」「でも、みんな本気にしてくれないの」少女は、目に涙をためている。感激屋の真弓は、こういうのに弱い。「私に任せなさい!」と、胸を張って、「私が忙しいときはこの人が代りにお父さんを助けてくれるわ!」勝手に決めるな、と淳一は口の中で呟いたが・・・・。この少女のお父さんは、ごくごく普通のサラリーマンらしいが、もう何回も命を狙われたらしいのだ。真弓と淳一は、このお父さんを、助けられるんでしょうかね?
◆それでも地球は止まってた
「しかし、ともかく今はその電話に出たらどうだ?」電話はずっと鳴り続けていたのである。「あ、そうね。---はい、今野です」真弓は、話を聞いて、「---じゃ、道田君が?---ええ、分かりました」「道田がどうかしたのか。風邪で休むとか・・・・」「いえ、死んじゃったんですって」「---おい、今、なんて言った?」「なんて・・・・。まあ!大変だわ!」真弓は飛び上った。「あなた!そんなにのんびりしている場合じゃないわよ!すぐに駆けつけなきゃ!」「同感だ」と、淳一は言った。「しかし、どんなに急いでても、服は着た方がいいと思うぜ」「可哀そうな道田君・・・・」パトカーの中で、真弓はすすり泣いた。「全くだな。若かったのに」と、ついて来た淳一も、肯く。泥棒がパトカーに乗るのは、普通、捕まったときと限られているが、この夫婦の場合は別である。「そりゃ、非の打ちどころがない刑事ってわけじゃなかったわ」真弓はグスンとすすり上げて、「少し抜けているところもあったし、物忘れはするし、おっちょこちょいだし・・・・」「おいおい」「でも、人柄だけは、悪くなかったわ」真弓は、どんな時でも正直な人間なのである。「しかし、一体、何だって・・・・。凶悪犯と格闘でもしたのか」「地球の下敷きになったんですって」「何の下敷きになったって?」と、淳一が思わず訊き返した。「地球の。---〈ザ・ワールド〉っていうディスコがあるの」「ディスコ?」「そう、その天井に、大きな地球が下がっているのよ。シンボルね、いわば。それがクルクル回転しているわけ」「ミラーボールみたいなもんか」「それが落っこちたんですって。---道田君が、ちょうど真下に---」「そうか、運が悪かったんだな。」・・・・。二人が入って行くと、店の中は、人でごった返していた。「---凄い店だな」と、淳一が目を丸くする。入った所が二階、という造りで、そこから広いフロアが見下ろせるようになっていた。相当な広さで、客もかなり収容できるだろう。---もちろん、今、客はいない。いや、いないわけではないが---いるのは、フロアの床で白い布をかけられている客と、傷の手当てを受けている客だ。「ひどいわ・・・・」と、さすがに真弓もため息をついた。・・・・真弓は、その白い布をかぶせた遺体の前に立つと、両手を合わせて、「道田君・・・・。君のことは一生忘れないわ。迷わず成仏してね。アーメン」と、言った。「時には忘れるかもしれないけど、でも、たまには思い出すから許してね・・・・」「真弓さん」「うん、分かってるわよ、君の気持は。いつも私のことを---。今、何か言った?」「真弓さん、あの---」「キャーッ!お化け!」って、やっぱりね?さて何があったんでしょうかね?
◆日はまた沈む
そこに、主任の勤めている、スーパー〈R〉があった。実をいうと、これが問題なのである。つまり、スーパー〈R〉は、「駅前」と言えるほど、駅に近くない。といって、バス通りの道でもない。このスーパーに来た人は、また同じ道を五分も歩かないと、どこへも出られないのである。五分、というのはすぐのようだが、重い買物袋を下げて、特に夏の暑い日などに歩くには、長すぎるのだ。スーパーがここ一軒、というのなら、多少不便でも人はやって来るだろう。しかし、駅前には、ここより後にオープンしたきれいなスーパーが二つもある。主任も、ここに客が来ないのは無理もないことと、認めざるを得なかった・・・・。「店長はまだ?」「ええ、今日は本社に回ってから、ってことでした」「ああ、そうか」主任も思いだした。「じゃ、とても無理だな」「え?」「いや、今日は女房の誕生日でね」「まあ、すてき。お祝いですね」「それどころじゃないよ。本社で、どうせ油を絞られて来るんだ。こっちにもお説教さ」と、主任は首を振って言った。・・・・「---店長、おはようございます」と、主任は、呼ばれて、事務室へ入って来ると、「今日は出足がいいですよ」「そうか」店長は、一向に嬉しそうでもない。「どうかしたんですか」「最後通告とでもいうかな」「というと・・・・」「ここ一月の結果で、店を閉めるかどうか決める、ってことだ」店長は、椅子に腰をおろした。ある程度は予測はしていたものの、いざとなると、やはりショックだ。「一ヵ月で、売り上げを倍も伸ばせるもんか、畜生!」と、店長が吐き捨てるように言った。「どうしようもありませんね」「---店を閉めたら、俺はどうせ、もう窓際族だ。君も考えておいた方がいいぞ。どこかもっといい所を探して・・・・」店長もいつになく優しい。主任としても、いつも店長のことを嫌っていながら、やはり一つの目標に向かって頑張ったとおいう気持ちがある。---二人して、何となくしんみりしてしまったのだった。「主任さん」と、事務員が駆け込んで来た。「お店の方で、呼んでます」「何かあったのかな」「レジをもう一つあけて下さい、って。お客が多くて、さばき切れないんです」主任と店長は顔を見合わせた。そして二人は、足早に店に出て行った。主任が目をみはる。---つい数分前に比べても、倍も客の数が増えているのだ!「こりゃ凄い!」と、主任は思わず言った。「店長---」「うん」店長も興奮の面持ちだった。「君はレジに立ってくれ。ベテランの方が早くさばける。俺は店の表で呼び込みをやる!」・・・・「びっくりしたよ。いつもの平均の十二倍だぞ!途中で、牛乳だの、肉だの魚だのが品切れになりかけて、何回電話をかけたか」・・・一体何があったんでしょうかね?


コメント