殺し屋志願(双葉社)

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「かなわねえな、畜生!」通勤通学の満員電車で、女子高生の耳元で聞こえたその声は、ごくありふれたサラリーマンのものだった。女子高生は、その男と向かい合って、キュッと体を押し付けていた。恥ずかしいとか、不愉快とか言っていられるほどの余裕は、朝の通勤通学電車には存在しないのである。「あ・・・・」「いや、どうも---」つい、目が合ってしまったのだ。・・・・「---今度はどっちのドアが開くのかな」「こっちです。頑張っていないと、押し出されちゃいますよ」男は、一方のドアに背中をくっつけて、立っていたのだ。「そうか、降りる客はいるかな」「いませんよ。小さな駅だから、少し乗って来るだけ」電車がホームへ入って行く。「誰か乗りそうかい?」「二人いるけど。---乗れるかな」少し太り気味のサラリーマンが、頑張って乗って来た。女子高生と向かい合った男のわきへ、滑り込むようにして、ともかくも何平方センチかの自分の足場を確保すると、押し出されないように、手でドアの上の鉄板に当てて支えた。分かります分かります、私も当時日本一込み合うと言われていた地下鉄で通勤していました。満員電車に乗るには、研究に研究を重ねたテクニックが必要なんですね。もう一人の少女は、まだホームのすぐそこ、男のすぐ後ろに立っている。乗るのを諦めたのだろう。ピーッと笛が鳴った。そのとき、女子高生と向かい合っている男が、「アッ」と、短く声を上げた。「大丈夫ですか」と、女子高生は訊いた。「気分でも・・・・」「次の駅のホームは、どっち側?」「同じです。こっち側」「じゃ、次で降りよう」男はそう言って、少し顔をしかめて苦しそうにした。ドアが開くと、男は体をひねるようにしてホームへ降りた。が、そのまま二、三歩進んで、フラッとよろけ、膝をついてしまった。・・・・女子高生は、男を支えるようにして、すっかりペンキのはげ落ちてしまったベンチへと連れて行った。「貧血?」「まあ、貧血には違いないが」女子高生は、男の足下に目をやった。黒ずんだ水たまりが、両足の間からじわじわと広がっている。男は、背中を刺されていたのだ。「大変!すぐお医者さんを--」「いいんだ」「僕は負けたんだ。---死ぬのは構わない」「お願いだ。隣に座ってくれ。---死ぬときに、誰かそばにいてほしいんだ」「宿命さ」「いつかは、教えられた者が教えたものを抜く、ということさ・・・・。そうだね、こうやって、ただ君を座れさせていても、気の毒だ。---なぜこんなことになったのか、簡単に話してあげよう」・・・・こうして女子高生は、事件に巻き込まれていくのだ。いやー、しっかし「殺したら?」の電話、こわー!かかってきたら、どうしよう?

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