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◆純情可憐殺人事件
パトカーを降りると、大貫警部は、堂々たる構えの屋敷を見上げて、「何の商売だ?株屋か?」パトカーの中で、井上刑事が説明したのなんか、てんで聞いてないのである。「歯医者ですよ」井上刑事の言葉に、大貫警部はサッと青ざめて、「おい、お前一人で行け」と井上刑事を促した。「警部は?」「俺はあの道具を見ただけで貧血を起こすんだ!」大貫警部にも、弱いものがあると知って、井上刑事は嬉しかったが、ここで大貫警部を帰してしまったら、今度は「捜査一課殺人事件」になりかねないので、「ここは自宅ですよ。警部。治療するわけじゃないんですから」「そうか。---本当か?」「警部。これだけ付合って来て、まだ僕のことを信じていただけないんですか?」井上刑事の言葉に、大貫警部もやや心が動かされたようで、「うん---。そうだな。お前もなかなかいい奴だ」と肯いて「よし、入ろう」決死の覚悟、という表情で、玄関を入っていく。分かります、分かります、決死の覚悟、キイーーーン!ガガガガーーーア!ピイーーーン!ガリガリガリガリ・・・・ああ、恐ろしい。「女房だな、犯人は」と、大貫警部が断定した。亭主殺しの犯人はその妻。---これが大貫警部の捜査(?)の大原則なのである。・・・・・「ええと、---ご主人のことは、大変お気の毒で---」と井上刑事が言いかけると、「お悔やみには及びませんわ。私が主人を殺したのですから」と、アッサリ言われてしまう。すご!大貫警部大当たり!ってか?「では、奥様が包丁でご主人を?」「はい、さようですの」「はあ、しかし---なぜ?」「とおっしゃいますと?」「動機です」「それは申し上げられませんわ」・・・大貫警部は、やや口を開けて、目は虚ろ、瞬きもせず、身動きもしない。その視線は、真直ぐに奥さんに向けられている。井上刑事は、大貫警部に何かあったのだ、と思った。そして、「この女は犯人じゃない」大貫警部の言葉に、井上刑事は唖然とした。「どうしたんです、一体?」「この女は犯人じゃない」と、大貫警部はくり返した。「しかし---」「分からんのか?動機も言えんなどというのは、他の誰かをかばっているからだ」・・・・・うむ、どうした大貫警部?いつもの大貫警部じゃない!いったいなにがあったのでしょうか?
『シリーズ登場人物』
◆一致団結殺人事件
「ストライキ」と、女子社員が言った。「スト?でも、おたくの会社、確か組合が・・・」「そう、それがね、たった一人で、ストをしてるの」「一人で?」井上刑事が不思議そうに、「社員、他にいないんですか?」「いますわ。でも、組合員はいません。---二年前、今の社長が来る前には、管理職以外は組合員で、結構ちゃんと賃上げ交渉とか頑張っていたんです。でも、今の二代目の社長は、組合を目の敵にして、一人一人、狙い撃ちみたいにして、組合を脱退させてしまったんです」「また、どうして?」「残業時間の規制とか、人事への干渉とか、組合は、仕事の邪魔をするものだ、と思い込んでるんです」「へえ、じゃ、それでみんな脱けちゃったんですか」「見せしめに、組合の中心になっていた人を三人、配転のようにして、雑用係にしてしまったんです。何十年のベテランをですよ」「そりゃひどい」「それで、みんな青くなっちゃって。---次から次へと脱退して・・・。こんなこと、言える立場じゃないんですけどね、私も」と、女子社員は、ちょっと目を伏せた。「脱退した一人ですもの」「でも、みんながやめたら、仕方ありませんよ」と、直子が慰めた。「しかし、今日ストライキをやっている、っていうのは?」と、井上刑事が訊いた。「一人だけ、残っているんですの」「もちろん、組合そのものは、消滅しちゃったんです。でも、委員長だった人が、一人だけ社長の言うことを聞かずに頑張っていたんです」「凄い勇気ですね」と、直子が感心して、「よくクビにならずに」「本当にね。きっと、社長は、いじめるのを楽しんでいるから、クビにしないんだ、ってみんな言ってるわ」「でも、ひどいもんですわ、まともな仕事は与えられなくて、倉庫の番とか、お茶くみまでやらされているんです。もう四十七なんですよ。ベテランで、人望もあったのに、今はすっかり老け込んでしまって・・・・」「じゃ、その人が一人で、ストライキをやっているんですか?」と、直子が呆れたように言った。「組合旗を持ち込んでね、会議室にこもって、社長と団交するんだって言ってるんです」・・・・。その一人でストライキを行っていた元委員長が、こもっていた会議室で、何者かに殺されてしまうのだ。いったい何が起きたのだ。大貫警部の出番はいかに? そうそう、昭和の時代は、労働組合は、活発に活動していて、ストライキをよくやっていましたよね。私が、入社した会社も、前年までは、派手なストライキをしてましたが、私が入社してからは、四十うん年間、残念ながらストライキがありませんでした。一度でいいから、ストライキやりたかったなーーー。
◆四方八方殺人事件
変だわ、と思った。どう見ても、それは、「置いてある」という感じではない。誰かが、この土手の道から転落したのだ。しかも、よく見ると、それは警官の乗る自転車のように見えた。その主婦は、土手の斜面を下って行った。足が滑りそうになって、ちょっとこわごわだったが、気になったことは放っておけない性格だったのだ。少し茂みが深くなっている場所があって、そこまで辿りついた主婦は、中腰だった体をスッと伸ばして、茂みの向こうを覗いてみた。目に飛び込んで来たのは、巡査の制服と、血まみれになった顔で・・・・。その主婦が、キャーキャー悲鳴を上げながら土手を這い上がって来るのを、朝のランニングをしていた中年男性が、目を丸くして眺めていた。警官が殺されるというのは、大事件である。もちろん、誰が殺されても大事件には違いないが、捜査する側にとって、やはり仲間が殺されたという意識は、強烈なものがあるのだ。警官の殺害については、しかし、もっと警察首脳部を不安にさせる材料があった。拳銃が盗まれていたことである。警官当人も、自分の拳銃で、顔を撃たれていたのだ。盗まれた拳銃が、他の犯罪に使われたら・・・・。警察幹部にとって、正に、喉に小骨が刺さって取れないような気分の夜が、続いた。「もしもし、井上です」「井上か。すまんな、こんな時間に」捜査一課長、箱崎警視の声は、優しかった。・・・・「実はな---」「警官から盗まれた拳銃が、使われたのだ」井上刑事も緊張した。「そうですか。---強盗か何かですか」「いや、もっと悪い」「殺し・・・・ですか」「そうだ」箱崎警視は、少し間を置いて、「しかも、また警官がやられた」と言った。「分かりました!すぐ現場へ急行します」井上は、直子がさし出したメモ用紙に、急いで場所を書き取ると、「---課長、これは大変な事件になりそうですね」「もうなっとる」箱崎警視は、元気のない声で言った。「殺された警官が、また拳銃をとられているんだ」電話を切ると、井上刑事は急いで顔を洗った・・・・。「しかし、犯人は警官に恨みがあるのかなあ」「用心してね。あなたも狙われるかもしれないわ」・・・・「---パトカー、まだ来てない」「タクシーじゃないからな。でも---ほら、サイレンだ」「本当だわ」サイレンが近づいて来る。「じゃ、気を付けてね」直子は言って、「---キスして」「え?」「安全のおまじない」「そうだね」井上刑事は、小柄な直子の方へ、ちょっとかがんでキスした。おまじないでなく、正に、このキスが井上刑事の命を救ったのである。キスした瞬間、バン、と鋭い音が闇を貫いたのだ。やばー!井上刑事まで、狙われたのだ。どうなる?大貫警部は??
◆公私混同殺人事件
「はい、捜査一課」「あ、井上さん?直子よ」「君か!」井上刑事はホッと息をついた。箱崎警視もホッとした様子で、ドアを開けて、出ていこうとしたのだが・・・・。「---警部がどうしたって?」という井上刑事の声に、箱崎警視のささやかな心の平和は、粉みじんと打ち砕かれてしまったのである。井上刑事は、あわててTVへと走って、スイッチを入れた。「どうした?」と、箱崎警視が訊く。「大貫が裸で盆踊りでもやってるのか」「いえ、それなら放っときゃいいんですが・・・」チャンネルを、直子が言われた通りに合わせると、いきなりブラウン管一杯に、でかでかと大貫の顔が出て来て、箱崎警視はショックで一瞬めまいがしたらしく、よろけた。「課長!しっかりして下さい!」「井上・・・・。どうなっているんだ?」箱崎警視が息も絶え絶えに(?)椅子へとへたり込む。「どうやら・・・・その・・・・相手が悪かったらしいです」井上刑事は、TVを見ながら、力なく言った。大貫警部が、ただでさえ優しいとは言いかねる顔をさらに険悪にして、怒っている。手錠をかけられて、ワンワン泣いているのは、何だか名前のよく分からない、新人歌手の女の子らしかった・・・・。「はい!ご苦労様でした!」と、どこからか、妙な格好の男たちが飛び出して来た。そして、急にあたりが明るくなって、TVカメラが大貫警部の方へ寄って来る。「はい!〈ドッキリカメラ〉でした!」マイクを持った男が、甲高い声で笑いながら、「いや、大奮闘でしたね、おっさん!ご苦労さんでした。皆さん、拍手を送りましょう!」周囲の連中がパチパチと拍手をする。そうです、大貫警部が、ドッキリカメラの生放送に引っかかったのだ。そして、怒った大貫警部が、だました新人歌手に手錠をかけて、「警視庁、捜査一課の大貫警部だ」と、警察手帳を、TVカメラに向かって、ぐい、と突き出して見せた。「傷害罪の現行犯で逮捕する!」と来た・・・・。「---何てこった」TVは、もうとっくに他の番組に、急遽変更されていたが、箱崎警視は、まだその画面に見入っていた。「しかし、まずい相手にいたずらをしかけたもんだな」と、井上刑事もため息をついた。「あの後、どうなったんでしょう?」「考えたくもない」と、箱崎警視は言った。「お前、後で報告してくれ」「全く情けない!」と、箱崎警視は呟きながら、捜査一課の部屋を出て行った。やっちまった、大貫警部。やー、しかし、ドッキリカメラやってましたね、よく見てました。最近もまた、似たような番組やってますね。


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